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 第二章 行水

 その年の夏休みのある日、私と和良は数人の仲間を誘って、村の近くを流れる川へ水遊びに出かけた。日頃は危険だからといい顔をしない親たちも、連日の酷暑に砂埃の舞うグランドでの野球ばかりでは不憫に思ったのか、許可を与えた。我々は歓声を上げながら川原まで走っていったが、予想外に水嵩が多く流れも速かった。山の方で局地的に降った雨が時差を経て麓に集中してきたらしい。水浴に危険な状況であるのは少年たちにも理解できた。我々は口々に不平を言い、それでも素っ裸になって石を水面にぶつけたり、水際で水を掛け合ったりしてお茶を濁していたのだったが、興に乗らぬこと甚だしい。
 そのうち和良が、ここから最も近い自分の家まで競争しよう、一等をとった者には母親に言って西瓜を褒美としてもらえるようにしてやろう、と宣言した。和良の母は『芳田先生』である。いつの時代も人気第一位の教師の自宅は児童たちにとって興味津々の場所である。
 皆、晃子を好んでいた。
 教室で君臨するようなそれまでの村の教師たちとは違い、晃子は何事に付けてもよく児童たちの声を聞く教師だった。優しい言葉で微笑みながら話し、少年の知らない物事を教えてくれた。温かみと頭の良さを兼ね備えた教師だった。
 そしてなにしろ美しかったのだ。
 和良の提案に、我々は当然賛成し、また歓声を上げながら田舎の道を全力で走った。その少年たちの中では、私の足が最も強かった。砂利道を走り、土手を登り、畦道を駆け抜けた。夢中で和良の、いや、晃子の家に飛び込んだときは仲間たちに圧倒的な差を付けてしまっていた。彼らはまだ遠くの方で気配もなかった。私はこの勝利におおいに満足した。もちろんそれは学校以外での『芳田先生』を独占できる権利を獲得したからである。
 私は呼吸を整え、かなり緊張して家の扉を叩いた。返事がなかったので引き戸をあけ、声をかけてみた。しかし緊張のためか大きな声が出ない。度胸のない私は皆が来るまで待とうかと思った。
 和良にはたしか小説家の父親がいるのだった。小説家とはいつも家にいて仕事をしている職業らしい。私は自分の親たちからそういう情報を仕入れていた。和良の父、晃子の夫の三郎は正確には小説家ではなく高哲な論文や芸術のエッセイを書く文筆家といった種類のものだったのだが、その頃の私には区別の付けようもなかった。ただ、そんな得体の知れない大人と遭遇するのは恐怖である。
 私は玄関の横の銀杏の木に寄りかかって待つことにした。すぐに、庭の方から物音がしてくるのに気づいた。水の砕ける音である。きっと晃子が洗濯をしているのだと私は早合点した。当時、まだ電気洗濯機は都会から離れた僻地の村には普及していなかった。私は建物に隠れている庭の東側へこっそりと忍び込んでいった。
 それは、広い意味で洗濯と言えなくもない光景だった。
 裸の女性が一人、たらいの前で行水をしている姿があったのだ。頭髪をまとめて上げたところに手ぬぐいを巻いている。真白な背中を私に向けていた。下半身はちょうど木立の緑に隠れていた。桶に汲んだ蒼い水を肩から背中に流した。水は肩甲骨のあたりに弾け、腰のくびれまで濡らした。私はまばたきをするのも忘れて見入ってしまう。その女性が晃子であるのははっきりしている。学校での晃子の洋服姿からは遠く離れているけれど、ちらちらと見える横顔は間違いなかった。
 自分が担任教師の一糸まとわぬ裸体を見ている事実に私は衝撃を受けてしまった。
 行水もまたその頃の村では当たり前の光景だった。シャワーもなければ冷房もないのである。真夏にはうっかり路地に足を踏み入れるとどこかの中年女が諸肌を脱いで身体を洗っていたりした。都会から移り住んできた晃子も特に抵抗なくその習慣を受け入れていたのだろう。
 しかし私は自分が『覗き』という犯罪を為している自責に貫かれているのにもかかわらず、それよりも好奇心と性的な欲求が上回り、その場を逃げ出さないでいる自分自身に衝撃を受けてしまったのだ。桶を使うたびにくねる身体の曲線や、腕の付け根の筋肉のうごめき、軟らかな女体の鮮やかさをはっきりと男の自分が自覚したのだ。これが女なんだと、私は凄く興奮したのだ。
 私はヘマをした。少し大きな石を踏んで音を立てたのだ。
 たんたんと無防備で膚に水を打っていた晃子がびくりとして振り向いた。化粧のないつるんとした洗い立ての顔が驚いている。ほっそりとした首筋から肩が輝くように濡れている。鎖骨には水玉が浮いている。とても幸福そうな乳房が並んでいる。
 自分の母親のものとしか比較できなかったが、あまりにも違うので笑いそうになったくらいだ。女によって違うのだと初めて知ったわけだ。母親のは肥満の体型に比例した、杵で殴りつけた塊のままの餅のような乳だったが、晃子のはよくこねり、両手でもぎとって形を整えた、食す直前の餅のような乳である。細身の体格にあった理知的な大きさである。乳輪は桃色に近く、はっきりと丸かった。
 さて、彼女の目には口をあけて呆然としている受け持ちの児童の姿がどう映っただろうか。「──さん」晃子は私の名前を呼び、頭に巻いていた手ぬぐいで胸を押さえ、少し腰をかがめた。その動作で髪がとかれ、肩にまで垂れかかった。いつも後で束ねているので、ずいぶん印象が違う。こんなに長い髪だったのか。
「もう帰ってきたの、早かったわね」と晃子は落ち着いた声で言った。やや照れてはいたものの、私を咎め立てるような色合いはなかった。どうやっておどおどしている少年の羞恥心を和らげてやろうかと、そればかりに心を砕いている。頭を回転させている。優しさだけが行動の基礎にある女なのだ。
「先生も水浴びしたくなったのよ。こう暑くてはね」
 私は晃子の優しさに対して何か言葉を返さなければならないと焦ったが、思いつくものはないのだった。私の窮状、というより晃子のほうが困っていただろうが、二人の気まずい空気を救うように、ようやく遅れていた和良たちの気配が近づいてきた。私は、先生、御免なさい! と叫んでさっと走り出した。
 記念すべき大人への目覚めに私はすっかり興奮し、玄関先で仲間と合流しても、どこか上の空であった。とくに和良と視線が合うたびに罪の意識を感じて、かなりぎこちない態度になった。
 和良を先頭に家へ入ると、薄紫色のアジサイ柄が清潔な、浴衣姿の晃子が出迎えた。髪の毛は後へ結ばれていた。私は晃子と視線を合わさなかったが、他の少年たちは大好きな芳田先生にまとわりついた。浴衣が隠さない彼女の肌……整った顔、長い首、上品な手、歩くたびにわずかにのぞけるふくらはぎ……どれも潤いと爽やかさに満ちて輝いていた。
 晃子は私たちの話しをいつものようによく聞き、笑顔で接した。約束どおり西瓜を割って一番初めに私に食べさせてくれた。贅沢品は何一つなかったが、自分たちで改造した家の中を案内してくれたし、自分で描いた水彩画やアルバムなどを見せてくれた。夫は町へ出かけているということだった。
 そういえば、アルバムには印象に残る一枚があった。産まれたばかりの赤ん坊の和良を抱いて、白い歯を見せながら満面に笑みを浮かべている十年前の晃子を写したスナップだ。授乳期間の真っ只中であったらしく、二十歳の晃子のセーターの胸のふくらみははち切れんばかりであるようだった。私は自分の目に焼きついている、ついさっきの晃子の乳房の大きさと写真のそれを比較してみた。私の母親は、よく冗談混じりに、お前を産んだおかげですっかり弛んでしまったよ、と嘆いていたが、晃子の乳房も同じように出産にともない一度、大きく膨らんで元に戻ったらしい。出産年齢が若かったため、その影響はほとんど残っていなかったのだ。私は自分に親切な人間の肉体をまるで牛や豚のように品評している事実に気づいて、後ろ暗さに怯えたりした。
 少年の一人が川遊びが出来なくて本当に残念だとふくれている。晃子はその子の頭を撫でながら、「水が引けばすぐに泳げるようになるよ」と慰めている。もう一人の子が、「僕は川で遊ぶより、やっぱり戦争ごっこが好きだ」と主張した。それを契機に戦争ごっこ好き派と嫌い派に分かれて論争が始まった。晃子は黙って聞いている。好戦派の急先鋒の子が、将来は絶対に軍隊に入って本物の戦争をやるんだ、だって悪い奴をやっつけられるし、お金も儲かるんだからと得意げに言う。日本が隣国に勃発した戦争の特需を起爆にして好景気へ突入していた時代である。大人の浮ついた雰囲気が子供に伝染していても不思議ではなかった。
 晃子がふと立ち上がり、大きな本を持ってきて縁側で広げた。皆は彼女を取り囲み、彼女の指が繰る頁に見入った。夏の日差しが晃子の膚をくっきりと染め上げている。それは広島や長崎の原爆の惨状を克明に記録した写真集だった。晃子は無残な一枚一枚を説明しながら、戦争ごっこは楽しいけれど、戦争はちっとも楽しいものではないと話した。
「皆や皆の家族がこんなふうになってしまうなんて、先生はとても耐えられないわ。戦争を面白いというのは戦争の本当の姿を知らない人だけよ」と、いつもより少し強い口調で言った。平和な社会を作るのが私たちにかせられた責任だと、少し難しい言葉もつかった。
 やりこめられた形になった少年は不満げな顔をして悔しまぎれに主張した。
「先生はアカだからそう言うんだよ。だって、かあちゃんもとうちゃんも言ってたもの。アカは国のことより人のことばかり大切にするから国を滅ぼすんだって。芳田先生はそのうち駐在さんに逮捕されるだろうってさ」
 晃子はそれについてたしなめはせず、大人の理屈で丸め込もうともせずに、押し黙るだけだった。
 そういった噂があるとはその時初めて知ったのだが、意外ではないのだった。都会からこんな山奥の村へ移住してきた芳田夫婦の経歴には当然、村の全住民が関心をもっていた。夫の三郎についてとくに多くの噂が流れていた。前年の昭和三五年は日本中を巻き込んだ政治運動の季節だった。大学を辞めたのはこの時の政治的な理由だったのであり、今でもそっちの組織のシンパであるらしいとの筋書きが人気である。晃子の明晰さと若さは嫉妬も手伝ってその噂を補強するものとなっている。今は皮をかぶっているが、そのうち子供たちに危険思想を植えつけようとするのではないか、とか、組織の幹部には女があてがわれて夫婦を偽装するものだ、とか、酒席を中心に根拠のない話が興味本位で語られていたのだ。
 晃子本人の耳にもきっと入っているに違いなかった。娯楽の乏しい村ではやむを得ないのかもしれないが、種にされるほうはたまったものではない。
 晃子の家での出来事から二日たって事件は起こった。
「芳田先生が校長先生に怒られている」と情報が少年たちに走ったのだ。理由は我々に西瓜をご馳走したからだと訳のわからないものだったが、大好きな芳田先生が大嫌いな校長先生に自分たちが原因で怒られるのは許しがたい話だった。さっそく偵察隊を学校にやって、いざとなれば乗り込み救出しようと相談がまとまった。和良だけがその輪に加わらなかった。私は最も張り切って偵察隊を先導した。
 校長室が目的の場所である。校庭からグランド沿いに校舎の壁を触りながら進めば、一番奥のところにそれがある。窓は開け放たれていた。蝉時雨に消されて、我々の足音などは目立たないだろう。
 校長の大きな声が聴こえてきた。
「おかしいんじゃないですか、芳田先生!」
 その一喝に私以外のメンバーは震え上がり、来た道を逃げ帰ってしまった。
 校長は晃子とは正反対の教師で、威張るためにその職についたような人間であった。子供の話しなどうるさそうに払いのけるばかりである。規律に執着し児童をよく殴った。怖がるのも無理はない。私も膝ががくがくしたが、他の少年たちとは晃子への想いが違う。なんと言っても裸を知っている女である。捨てていけるはずがない。用意してきていた木箱を踏み台にして恐る恐る窓枠から一センチだけ顔を覗かしてみた。
 大きな机の大きな椅子にふんぞり返ったベスト姿の校長と晃子が対峙しているのが見えた。晃子は白い半袖のブラウスを着ていた。横顔から察して緊張はしているものの、泣いていたり怯えていたりはしていないのだった。冷静な性格がここでも認められる。校長は大きな声で説教しているのだった。むろん西瓜をご馳走したからではなく、児童たちに反戦思想を吹き込んだのではないかという点だった。あの時の一件が少年たちの中の誰かを通して親の耳に入り、校長に通報した者がいたのだろう。
 状況は、校長が十、喋ると、晃子がようやく一、反論するといった感じだった。それでも旗色は晃子の方がよさそうだった。晃子は正論を展開していたからだろう。やりとりのうち、校長の言葉は断片的にしか記憶に残っていない。「幼い子に」「写真」「アナキスト」「父兄が怒っている」「校長は私だ」「思想教育」などと機関銃のようにまくしたてる。逆に晃子の数少ない反論は明瞭に記憶に残っていた。
「刺激はあったかも知れませんが真実の姿です。もうしっかり受けとめられる年齢です」──「問題を提起するのは大切なことです。戦争の悲惨さを知って、なお戦争を礼賛するのであれば私は文句を言いません。何も見せないで隠しているのは教育のあるべき姿ではないと思います」
 やり込められそうになると校長は狡猾にも話題を変えて、側面から晃子を攻撃した。ここからのやりとりは後年酒に酔った校長本人から大人の私が聞いているので、しっかりした記述である。
「つかぬことを訊ねるが、芳田先生の家に大学の人間がよく遊びに来るというのは本当かね?」
 夫、三郎の話である。校長は駐在を通じて思想部の人間とも懇意なのは有名だった。思想部とはこの時代に存在した政治思想犯を専門に内偵、摘発する、公安関係の一部局である。たしかに夫の大学時代に仲間だった同僚や教え子が訪ねて来てはいたのだ。
「私はとやかく言うつもりはないんだがね、父兄の中には恐怖心を持つ者もいるのだから、上司としては把握しておかないと」
「怖がられるような人たちではありません。映画評論をしている仲間でしょう」
「君もそれに加わっているの?」
「とくに組織を作ってやっているのではなく、飲み友達みたいなものですわ。私は宴会を好みませんので」
 煙草の煙を吐き出す校長。
「君のご主人はちゃんと収入があるのかな。それほどの売れっ子にも見えないがね」
 晃子はやや鼻白んだ。晃子にとって三郎の経済力を云々されるのは最も苛立たしい部分だ。校長はそれをよく知っている。三郎の収入は当時ほとんどゼロに近かったはずである。
「主人の収入に興味がおありなのですか?」
「働かなくとも暮らしていけるのは、どこかの組織からカンパがあるってことだろう」
「そんなものはありません。主人は毎日、文章を書いております。働いていないとは心外です」
「これは失敬した。すると芳田家の家計のほとんどは君の教師の収入でやりくりしているわけだ。芳田先生も大変だね。甲斐性のない亭主をもってさ」
 晃子は物凄い形相で校長を睨んだ。これは覚えている。冷静な彼女も愛する夫を侮辱されると頭に血が上るようだった。
 校長は身を乗り出す。
「するとだ。芳田先生が教職から去るような事態にでもなれば、家族はすぐにも路頭に迷ってしまうことになるわけだな」
「────」
 高笑いする校長。どうだ、ぐうの音も出ないだろうとばかり椅子の肘掛けを手で何度も叩いたのだった。教師の人事は校長の裁量が大きく物を言うのである。臨時教員ならなおさら地位は不安定だろう。これは立派な恫喝である。
「まあ、芳田晃子先生も三十路とはいえ、教師としてはまだまだ経験不足は否めない。そこのところを強調して、今回の件は私が骨を折って父兄の動揺を丸く収めましょう。だから芳田先生、今後、あまり派手な言動は慎んでくれたまえよ。寛容な私もそうそうかばいきれませんからな」
 『角力に勝って勝負に負ける』そんな言葉があるが、この時の晃子の心境はこれと似たようなものであったかも知れない。子供を愛する気持ちや教育理論といった教師本来の資質でははるかに勝っているのに、社会的な顔役としての威光や蓄財の潤沢さ等々、埒外の実力の違いで発言を封じられてしまったのだから。首根っ子をつかまれて力付くで従わされた感覚。晃子の性格には腸の煮え繰り返る思いだっただろう。
 私はその日の夜、風呂場で生まれて初めての自慰をした。晃子の行水の姿、とりわけあの幸福そうな二つの乳房と、校長に経験不足と断定されたときの悔しさにまみれた苦悩の表情を、交互に頭に思い浮かべながら、動物的な性欲を解放したのである。
 それがサディズムとの、最初の遭遇でもあった。