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036. エピローグ

────来客を告げるチャイムが鳴った。

時計を見る。
こんな時間だけど・・・。
中指にねばりついた自分のバルトリン腺液をおしぼりで拭いながら、碓井美穂はインターフォンにとりついた。
モニター画面にうつしだされているのはマンションのエントランス。
そして桃色のパーカーのフードを目深にかぶった顔が、背伸びをするように覗きこんでくる。
「碧子ちゃん!」
いつもの服装であり見間違うはずもない。前回の来訪から一週間もたっていないこともある。
やはり本馬碧子である。
特徴の大きな瞳が、やや充血しているようだろうか。
『・・・美穂おばちゃん、美穂おばちゃん・・・』
「どうしたの。大丈夫?」
『ごめんなこんな夜遅くに』
「ひとり?」
これは愚問だった。ひとりにきまっている。彼女の年齢からすれば問題行動の徘徊にあたりそうだが、彼女が弁護士である自分を頼ってきた理由を勘案する時、父兄同伴であるほうが深刻な事態といえる。ドメステックバイオレンスの疑いが濃厚な家庭環境なのだ。
「とにかく早くあがっておいで──」
オートロックを解除する操作をした。
『ほんとにごめんな、美穂おばちゃん・・・』
エントランスとマンション内を隔てる扉がひらき、妙に大人っぽいジーンズのヒップをくりくりさせながら、敷居をまたいでいく。
素性の明確な学生とはいえ、第三者による深夜の訪問・・・。
一般的には稀な出来事だろうけれど、弁護士という職業柄、ありえなくはなかった。
もちろん自慰に耽っていたくらいだから、夫は出張中で不在。仕事関係の人間を入れてもわずらわしいことはない。
美穂は身体の芯に残存する、肉の火照りの減衰をやや気にした。
いや、新製品の空気清浄機も全開だし、消臭芳香剤も交換したばかりだ。
ノープロブレムだろう。

(へ?)

モニター画面に、あらたな人影が──。
碧子の背後に、さっと追いつき、開放された扉からつづいて入りこもうとしている緑のスタジャン男──金色に染めたロン毛がニヤけきっていた。

『共連れ』だ。

美穂は舌打ちした。
どこのだれかは不明だが、あのナリは碧子を驚かせているにちがいない。
と、もうひとつの人影が──。
オーバオール姿の大男。
五分刈りの頭がチョンマゲであったら相撲取りそのもの。『L』がいくつ重なるかわからないサイズの白シャツの袖を、引きちぎらんばかりにしている二の腕がゾウの足にしかみえない。

やれやれ。『共連れ』の二連結?

ところがオーバーオール男の腰にとりつくように、アロハシャツを着た小兵の男まで現れた。白短パンからあらわな脛は毛深いが、馬面の頭髪は後退している。

「ハ?・・・」

丸くなった目がさらに見開かれた。
こんどは女だった。
腰までのロングヘアーは最初のスタジャン野郎と一緒の金髪である。ウエービーであるため顔の輪郭もよくわからないが、そもそもマスクとサングラスで表情のほとんどがおおわれていた。
衣装は紫色の特攻服。上着丈がニッカタイプの黒ズボンの膝まである刺繍入りだ。
真紅の糸で縫いこまれたその文字は──

『死刑上等』

服の下にはサラシまで巻いていて、鉢巻、腕章、ワッペン、エナメルベルト、紋入り足袋・・・こけ脅しの付属品も気合十分の量といえる。
ドロップアウトしたいのか、かまってほしいのか、内面の幼稚さには苦笑しか起こらない。

「嘘だよね・・・」

さらに、さらに、ド派手な女性が登場したのだ。
かざしている和傘は黄赤の渦巻き柄──それが邪魔をしていても性別は瞭然だ。
五分袖・五分丈の和装──甚平?──にはゴールデン・ダークの豹紋が満開ときた。
すべての指を埋め尽くす華美絢爛百花の大指輪群。
それらが彼女の履歴の何を表しているのか、女弁護士にはまったく想像がつかなかった。
甚平女の歩き方は堂々としすぎていて、さすがの『共連れ』もここまでくるとタイムオーバーとなり、しまりかけた扉に、日よけにも雨よけにも、実用的とはおもえない大ぶりな傘を挟まれそうになる。
が──ゾウの腕が無理やりそれをさえぎった。力技で扉をリバースしてしまい、甚平女は傘を閉じることもなく、楽々とマンションロビーへ進入することに成功してしまった。
スタジャン男から甚平女まで、絶対に同一集団だ。
美穂は玄関へ急ぎ足でむかう。
──碧子が心配になる。いまの彼女は暴力だけでなく、ちょっとした威迫にも過敏に萎縮する心理状態なのだ。
あんな集団に囲まれたら一般成年だって恐怖を感じるはず。
もちろん手練れの弁護士はそのかぎりにあらず、阻喪なく御しきれるだろうけれども。(終)