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 ともづれ
  -----------市民派女弁護士vsヤドカリ家族------------


【共連れ(ともづれ)】とは、マンション業界、セキュリティー業界の用語であり、マンション住人がオートロックを解除して入場する際に、不審者等の関係者以外が関係者を装い、背後等につき、連続して入場してしまうことを言う。


001. プロローグ

くたびれたスーツ姿の女はマンションの部屋に帰宅すると、防犯のために全開してあったブラインドを床まで下ろした。
その1LDKは三階で、夜景など楽しめる小洒落た高層にはないし、ロケーションも場末の駅裏だ。
寝に帰ってくるだけの現状から逆算して見つけたような賃貸の物件だから仕方がなく、一刻も早く着替えたいと、意識はそればかりに向いている。
丸十日間、ほとんど洗濯することもできなかったのだ。
百均雑貨に毛の生えたていどの調度品が数点あるだけの、リビングルームに置かれた黒革リクライニング・チェア──そこそこ勢いをつけて買った唯一の物──女は舌打ちしながらそれへ目がけ、灰色のジャケットとスラックスを脱ぎ捨てた。
汗のしみこんだブラウスのボタンも、さっさと外して両肌を見せていった。

ベージュ色のボディスーツ?!

こんな下着は中年女が太り肉の補整ついでに使えばいいたぐいで、彼女のような手足の長いプロポーションには不似合いを通りこし、まるでコントの衣装だった。一日の睡眠時間を三四時間にまでけずり、馬のごとく働きつづけなければならない仕事を選んでいなかったら、ブラやショーツに関心を配る気もすこしは起きたかもしれないが、今やそんな乙女の色気は別世界の出来事。ワンピースタイプのほうが、洗濯や収納の手間を1/2に省けるだろうという涙ぐましい胸算用がショッピングの中心である。

向日葵のバッヂを襟につけた『弁護士』──仲村亜矢(ナカムラ・アヤ)の生業がそれだった。

ポニーテールをほどいた髪が、首すじから肩さきへ、二の腕のなかほどまでへ垂れかかった。
まっすぐな毛筋と涼やかな素肌は、たがいの艶を引き立てあうようだ。
このロングヘアーはたしかに『女』を意識するシンボルではある。仕事女の勝手からすれば短髪にするのが常套なのだ──大学講師をやっている姉の亜弓(アユミ)がその典型例。ちなみに1/2大作戦も彼女からの伝授──が、そこまで『女』を捨ててしまって良いのかどうか・・・。姉とちがってまだ未婚であるし、性欲もいたって健康的である。しかも携わる案件によってはこの種の『フェロモン』が有利にはたらく場合もある。
卵形の容貌を、下ろした髪に縁どらせ、いつも怜悧冷徹にひきしまった眉間を柔和にゆるめて微笑めば、正規のルートでは入手困難のはずの情報も、あっさり転がりこんできたりする。爽快なスキルとはいえないが、亜矢はそれを『マリーシア』だと割り切っていた。現代の女性弁護士が克服しなければならない数多くの障壁は、書生論だけでどうにかできるものではない。

(マイナスになっちゃうケースもあるんやし)

亜矢は苦虫をかみつぶした表情で雑に頭をかき、そのまま浴室へいってシャワーをすませた。
キッチンへもどるなり冷蔵庫をあける。
缶ビールが一ヶ、残っていたはずだという記憶の正しかったことに安堵し、さっそくリングをはがすと、彼女はかなりの量を一気に飲んだ。
真っ白なバスローブにつつんだ細身へながれこんでいく冷たい液体・・・。
炭酸のホップが臓腑を弾ませる。アルコールが血管を押しひろげていく。

──今回の出張はタフだった。

ある地方自治体の外郭団体における集団セクハラ事件の被害者救済活動。

これが案件である。