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  女弁護士はハードボイルド

 地味な紺色の傘を地面へ向けてすぼめると、雫が一斉に垂れはじめた。女はレインコートに付着した十一月の冷たい雨を気にしながらそのビルの扉をあけた。
 小さくて暗いロビー。彼女は壁に取りつけられている掲示板を見上げ、目的の会社のフロアをたしかめると、エレベーターにのった。扉がクローズされる寸前に用務員風の男が駆けてきて手をあげたので、女はボタンを押し、扉をあけて待った。男はしきりに恐縮し、女よりも低いフロアのボタンを押した。
 さてこの中年の用務員は本編にはなんら関係のない男であるが、彼が世間一般の男よりも、もう少し思想行動が下品にできあがっており、隣に肩を並べている──実際には五センチくらい男の背は低かったが──ヒロインの容色風貌を彼の視線を通して観察するのも悪くない趣向だろう。なぜならそうした視線こそ、作者および読者の視線と同じ位置にあるものと考えられるからだ。
 ──男は目玉をチラチラと横へふらつかせ、明滅しながら昇っていく電光掲示を見つめている女の横顔をうかがった。髪は長く、今風にソバージュにしているが、それを一本に束ねて背中へおろしているため、美しい耳の形や繊細な首筋やうなじのほつれ毛まですべて拝めるのだった。
 しかし狭い箱のなかに二人きりとなって、初めて感じたのは視覚からの女の情報ではなく、嗅覚を刺激する香水の匂いであった。彼には詳細な香水の知識が欠けていたので、作者が補足すれば、それはシブレー系のミスディオールという香水で甘さのなかにもしぶさが混じり、大人の、キャリアウーマンがよく好む香りなのだった。なるほど、男が睨んだところによると、女の年齢は三十前後である。肌の艶や張りはいまが女の盛りといっていいほど、瑞々しく、しかもしっとりと落ち着いていて、男心をそそってくる。それでいて、面がまえにはちょっと人をたじろがせるような理知美と威圧感といったものが備わり、かなりの知能の明晰さと社会的地位の高さからくる自信を感じさせるのである。
 額は広く、生え際がシャープに角張っている。これは現代的美女のひとつの要素といえるものだ。目はやや切れ長でどちらかといえばエキゾチックな印象をあたえ、もし、女に性的な下心があればそこに濃い目のアイシャドウを引き、妖艶さを演出することは簡単と思われた。鼻筋には癖がなく、小鼻の肉が薄くて涼しげな高さを誇っていた。唇は大きめだが、自覚があるらしくルージュは控えめでローズピンク系のうすい色をぬっている。全体的に化粧は押さえており、ほのかな香水の薫香にその匂いは紛れてしまいそうなほどだった。
 男はこの知性的な容貌がセックスの時にどんな表情になるかを想像し股間を熱くさせた。この種の男にとって──つまり我々にとって──女が誇り高く、有能であればあるほどそのベッドの行為をあれやこれや思い浮べるのは何にもまさる楽しみであり、執着する事柄なのだ。白い肌にソバージュの黒髪がすべり、跳ね、まとわりつき、その中にうずもれた美貌は半眼で、濡れた瞳を覗かせつつ、ときおり口をいっぱいに広げて己れの昂奮を大声で男にしらせる……美貌はむろん薔薇色に火照っており、汗でびっしょりだ……眉間や鼻筋には苦しげな小皺が何度もきざまれ……首をせつなそうに振りたくる……
 中年男は我を忘れてじっとりと女を凝視している自分に気づいて慌てて電光掲示に視線をそらせた。女は悟っただろうか? いや、大丈夫だろう。こういう美人は男の淫らな視線に嬲られるのが日課になっているだろうから、不感症であり、それほど神経質には感じないにちがいない。
 男のおりるフロアが迫っている。男は女のプロポーションを是非とも吟味したいと願った。美人と二人きりで乗りあわせる機会などそうあるものではないのだ。女の寛容さを頼みに、男は恐る恐るもう一度、横目になった。
 レインコートを着ていたが前のボタンははずしており、中はそこそこかいまみることができる。片手に黒塗りのアタッシュケースと傘を一緒にもち、片手をコートのポケットに無造作につっこんでいた。
 コートのなかはきっちりとしたテイラードスーツだった。白襟を黒のジャケットからだしていかにも颯爽としている。ミニスカートを期待したが膝上まではいっていない。それでも足を組み替える際にコートの裾からあらわれるそれはブラウン色のストッキングに包まれて細く、スラリとしている。
 なんとか、コートとスーツの厚いベールに阻まれている女の肉体の線を想像しようとした。肩の位置──パットが入っていることに気をつけて──、腰の位置、胸のところのたわみ具合、エレベーターの後の壁に押しつけられている臀部の丸みよう……。
 だいたいの女体図が脳裏に焼きつけられた。かなりの豊満さが期待できる。よだれが垂れてきそうだ。さあ、一枚一枚、脱がしていこう。コートをとり、ジャケットを腕から抜き取り、白いブラウス姿にする。豊かな双乳がグンと盛りあがっている。ブラウスのボタンを一つひとつ外していき、いよいよ下着と柔肌が露出されてくる……。
 「つきましたわ」
 「ン?」
 女が前を指さした。とっくにエレベーターの扉がひらいていた。愕然とする中年男。ヌードショーに没頭していたために周りの景色がすっかりなくなっていたのだった。
 女は口元にかすかな微笑をたたえ、『開』ボタンを押しつづけている。その微笑は苦々しい思いとほんのちょっとの悪意とで成り立っているようだった。
 男は背を丸めながらコソコソと降りていこうとしたが、イタチの最後っ屁とばかりにさっとふりかえり、閉じようとしている扉の狭間で女の正面からの姿を網膜に焼きつけた。扉がしまっても彼の心にはエッチングのような彼女の姿が蘇ってきて、しばし楽しめた。だが、彼女のスーツの襟元になにやら金色に光る丸いバッジがあったのに気づき、さてあんなバッジはどこかで見たものだが、と首をひねった。そうそう、思い出した。それはテレビの二時間ドラマの、『女弁護士なんたらかんたら』というシリーズで主人公の女優が付けている弁護士の身分を示すバッジにそっくりだったのではあるまいか。とすると、あれはひょっとして本物の女弁護士!
 ひぇーっと中年男は嘆息してふりかえり、電光板を見上げた。生の弁護士を見るのが初めてだから、もちろん女弁護士も初めてだ。しかもかけ値なしの美女ではないか。
 (美人弁護士だぜ……)思いもかけない希少種動物に出会った昂奮で男はすぐにでも同僚に吹聴したくなった。掲示されている数字の明かりが動かなくなった。
 (八階……?)
 どんな会社が入っているか、なかなか思い出せない。たしか、ひとつの会社がワンフロアを借り切っていたはずだ。
 ギガス・エンタープライズ──そんな名前の会社だった。どうせいかがわしい企業だろう。男は想念のなかに勝手にドラマを展開させる。
 (悪徳企業対美人弁護士か……いよいよ痺れてくるじゃないの!)
 ヒヒヒと下卑た笑みを浮かべながら彼は小走りに同僚の待つ控え室へ向かった。
 この助平オヤジはもう二度と女の姿を見る機会はなかったが、我々はさっそく彼女の尾行を続けよう。
 エレベーターを下りた女は狭い廊下に天井までぎっしりと積み上げられた段ボールの山の中を身体を横にしながらすり抜けていった。女の豊かな腰が段ボールにぶつかり、邪魔をしているように見える。
 ようやく彼女は廊下のつきあたりの『ギガス・エンタープライズ』と印字されているスモークトガラスの前にたどりついた。そこは病院の受け付け窓口のようになっており、ブザーを押すと、ガラスが開き、係の人間が顔をだす仕組みになっている。できるだけ人を寄せつけたくないうしろぐらい企業のとるシステムといえる。
 ブザーを押してもなかなかガラスは開いてくれなかった。女はせっかちな性格らしく、しつこく何度もブザーを押しつづける。
 叩きつけるようにガラス窓が開いた。敵意丸出しのオバチャンがヌッと顔を突きだし、三白眼で女を睨みつける。オバチャンは機嫌は損ねたように無言であり、用件があるならそっちから言え、こちらから問うなど真っ平御免だと、強固な意志に貫かれているようであった。赤茶けた薄い頭髪にパーマをチリチリにかけており、エラの張った骨格の顔だ。ドングリ目に団子鼻、ヤケクソの厚化粧が醜怪さに輪をかけていて、ひょっとしたら一度も男の好意的な視線をもらった経験のない人生を送っているのかもしれない、と想像させた。若い美人への応対が厳しくなるのはしごく当然なのだ。自分の不幸のすべては世の中に存在する美人のせいだと決めつけてかかっている。目の前のレインコートの女こそ、その代表格といえるのだろう。
 オバチャンは無言で睨みつづけた。
 女はそれをあっさりと黙殺し、ちょっとハスキーがかった声で言った。
 「さきほどお電話しました、杉内法律事務所の者です。弁護士の中澤と言います。大道専務にお取次ください」
 オバチャンは弁護士という言葉にはちっとも驚かなかったものの、女であったことは意外だったらしく、さらにしげしげと中澤なる女弁護士の容姿を眺めまわした。敵意はいっそうつのったようだ。美貌のうえに頭脳すら自分とは桁外れの出来具合なのだ。しかし、専務の名前を持ち出されては受け付けの身でなしうるひねこびた意地悪もここまでのところである。
 「ちょっとお待ちください……」
 ガラスがビシャリと閉められた。しばらく待たされたあと、受け付けの窓の横のドアが開いた。中からブルーのワイシャツにネクタイ姿の少壮の男性があらわれた。ラクビー選手のようにがっしりとした体格だ。髪は短く角刈り風に整えられており、その鋭い眼光とともに威圧的な雰囲気をたたえているのだった。
 「これはどうも。雨のなかわざわざおこしいただきまして。わたくしが専務の大道です」
 地を這うようなだみ声だ。丁寧さはよそよそしく、女弁護士が招かれざる客であることを示している。が、ここでも彼女は明確な相手の心底を無視して平然とした顔つきである。
 「弁護士の中澤真弓です──」
 自己紹介を終えると中へ導かれた。殺風景な事務所である。部屋のほとんどが段ボールで占領されている。事務机はふたつみっつしかなく、従業員はなし。あのオバチャンもいない。机のうえにパソコンが置かれているだけだ。いったいこの段ボールには何が入っているのだろう。真弓がさして驚いた様子でないところを見ると、彼女にはその中身がなんであるか、見当がついているのかもしれない。
 「別室で社長以下、会社の重役陣が待機しております」
 事務所をどんどんと横切りながら大道専務が言う。真弓は無言でうなずき、彼の大きな背中を見つめながらつづいている。
 専務はひとつのドアを開いた。そこは社長室でも重役室でもなく、単なる小部屋である。ロッカーがあるところを見ると更衣室なのかもしれない。あまり使われているようにも見えないが。
 「ここでコートをお脱ぎください。それから必要最小限の書類と筆記用具だけをお持ちください。それと簡単なボディチェックをさせていただきます──」
 真弓が何か言いかける前に、大道は扉の向こうに出ていってしまい、代わりに彼よりもさらに背の高い女が入ってきた。軽く百八十センチは越えているだろう。背だけではなく横幅もある。尋常でない首の太さからさっするに何か格闘技の経験があると思われた。暖房もほとんど効いていないのに半袖のTシャツ一枚にスラックスなのだが、それらは盛りあがった筋肉に今にもビリッと破けてしまいそうである。顔は不良娘をそのまま歳とらせた顔だ。その時のニキビまでまだ頬にとってある。ショートヘアだがちっとも似合っていない。化粧っ気はまるでなかった。
 彼女の背後からさきほどのオバチャンがひょっこりとあらわれた。オバチャンのほうは百五十センチそこそこなので、大女の上背が余計目立ってしまう。
 「ずいぶん、厳重なのね」
 真弓が皮肉な微笑を浮かべながら言った。
 「プルトニウムでも隠しているんじゃないのかしら」
 「早くしないと約束の時間がすぎてしまうよ」
 初めて大女が喋った。太い声だ。太い首に共鳴しているような声。
 「そっちから強引に会わせろと言ってきたんだろ。みんな、忙しい時間をやりくりして集まっているんだからね。少しでも待たせるような真似は失礼にあたるじゃないか」
 真弓は少し濃い眉を額のほうへあげて、あらまあ、という表情をする。
 「みんな、来てるの。でもまさか、会長は来ていないでしょう?」
 「うるさいね。つべこべ言わず、さっさとコートを脱いでそこに吊るしな」
 大女は少し苛ついて組んでいた腕をほどき、腰につくと、胸を張った。なかなか迫力があるのはたしかだ。真弓は首をすくめながら苦笑すると、コートを脱ぎはじめる。
 彼女の背後を通ってオバチャンが反対側へ回りこみ、真弓を挟んだ。オバチャンは団子鼻をクンクンと蠢かせ、からかうように言うのである。
 「最近の弁護士は香水をつけてるのかい! まったく世のなかどうなってるんだろうねえ!」
 「競争が激しいんだよ」と大女。「客引きのためにはフェロモンを発散させないとね」
 「なんだい、そのフェ、なんだかってのは? あたしにはさっぱりわからないよ。だけど、そう言えばこの女、いや、この弁護士先生、どっかのクラブの女みたいに色っぽい顔をしてるわ」
 そうとう遊んでるんじゃないの、と言いたげなのは明白だったが、真弓は努めて相手にしなかった。ロッカーのなかのハンガーにコートをかけ、傘をたてかけた。全貌を現した彼女のスーツ姿はいかにもバリバリの弁護士の凛々しさである。ウエストが絞り込まれたスーツは必然的に胸と腰をダイナミックに見せている。インナーのブラウスの胸は巨乳を予感させる盛りあがりではないものの、たわわに熟れた柔らかい肉丘を約束しているようにも思える。それよりも強調すべきは腰、ヒップ、臀部だ。タイトなスカートはその丸みをきわだたせ、女性らしさ、だけでは表現が足らない、そう、官能的と言い切ってもかまわない、曲線美をみせているのだった。普通の男だったらふるいつきたくなるような、痴漢であれば撫でまわさずにはおかない、スパンキングマニアであれば平手打ちせねばおさまらない、浣腸マニアであれば嘴管を谷間に差し込むことを夢想しないわけにはいかない、プリプリ、ムチムチのお尻、おケツ、双臀である。
 二人の同性の観察者さえ、視線を奪われ、しばし見惚れるくらいなのだった。
 アタッシュケースから書類にメモ帳、ボールペンを取り出すと、真弓はロッカーの扉をしめた。
 「そこに立って、両腕を万歳して」
 「そこまでやる必要、本当にあるのかな?」
 ボディチェックまでしようとする彼らの変執的なまでの懐疑主義にからかい半分の疑問を口にする。
 「ふん、それがあるのさ。いつだったか、テレビ局のレポーターが取材にきたとき、隠しマイクや超小型カメラを持ち込んでいてね。気がついたからいいようなものの、あぶないところだったよ。あれから警戒は厳重にすることになったのさ」
 「そのレポーター、どうなった?」
 「さ、いいから手を挙げて! 協力しなくてもかまわないけど、その場合はこっちも会見を拒否するまで。どーするの? 暇じゃないんだから、さっさと決めなさい」
 ハイハイと真弓は不請不請、両手をかがけていく。理不尽な要求をされても従わざるをえない理由が女弁護士にはあるのだろう。両手が肩の高さで水平になると、彼女はそこで動きをやめたが、大女は邪険にその手を跳ねあげ、しっかり頭上までのばさせるのだ。ジャケットが持ちあがり、ブラウスの腹があらわになる。胸の位置も高くなった。
 正面に仁王立ちしてしばしこちらを吟味している大女に気をとられていたが、背中にピタッと手のひらが張りついてきて、真弓は電流が走ったような悪寒にとらわれた。
 「動くんじゃない!」
 オバチャンの厳しい声。オバチャンはふたつの手のひらで柔らかい肉のなかの硬い肩甲骨をさぐりあて、まわし揉みするように圧迫した。思わず、かかげた両手が下がってくると、大女はキンキンする声で叱責する。
 「不服ならここで帰るんだよ!」
 「万歳なんて日頃したことがないから疲れるのよ。早くすませてほしいわ」
 真弓の声はあくまで冷静だ。しかし冷静で、ハスキーな声とは、本人の意図にかかわらず憎々しい印象を人に与えるもので、大女を必要以上に刺激しているようである。
 「それじゃ、二人がかりでやってやるよ!」
 彼女は陰険に目を光らせる。まさにグローブ大の手が真弓の頭に乗せられた。後ろへ束ねている頭をわしづかむと、グラグラと揺さぶった。頭髪のなかの隠匿物を探査するよりも、本人に苦痛を与えるがためだけの行為である。真弓の眦がやや吊り上がるのをみて溜飲が下ったのか、彼女は頭を放し、指をポニーテールのしたのうなじに這いこませる。そこをまるで愛撫するように十本の指で撫でまわし、美人弁護士に屈辱の鳥肌をたてさせると、ついで、ポニーテールの根元を握りあげ、それを彼女の顔の前へ跳ね落とした。ソバージュの軽いウエーブのかかった一束の黒髪がすだれの如きに美貌を覆った。髪の洪水のなかから高い鼻の頭だけが突き出している。隙間から大女を睨みつけている両眼が熱しきっている。
 オバチャンの手が腋の下をくすぐり、胸へまわってきた。
 「おやまあ、けっこう巨きいおまんじゅうを持ってるわよ、この弁護士先生!」
 オバチャンの頓狂な声に、苦々しく頬を引きつらせる真弓である。
 「Bカップかい? Cカップかい? それともD?」
 のれんを分けるように、大女は真弓の顔の前の髪を左右へ広げ、真弓の青ざめた表情を晒しながら詰問する。
 「無意味な質問でしょ」
 「バーカ。Cカップなら胸の谷間に機械を埋めて隠せるじゃないか。もしCならブラジャーをとってもらわなきゃならなくなる」
 「馬鹿馬鹿しい!」真弓は初めて声を荒げた。
 この検査官たちがそのような不当な行為を本気でやろうとしているのでないことはわかっていても、真弓の我慢もそろそろ限界に近づいている。
 「あらあら、今まではハードボイルドの女探偵のようにシャアシャアとした口を叩いていたくせに、ちょっとおっぱいをつかまれただけでそんなに昂奮しちゃって。あんた、あっちの気でもあるんじゃないの?」
 大女は脂汗が滲んでいる真弓の鼻の頭をチョンチョンとつついた。
 「Dはとてもないようだよ」オバチャンは真剣に報告する。「Cの小さめか、Bの大きめか、微妙なところ」
 オバチャンの手のひらはスーツの中へ忍びこみ、ブラウスのうえからしっかりとブラジャーのカップを包み込み、むんずむんずと揉んでいるのだ。真弓は首筋にオバチャンの鼻息を感じ、振り返ってキッと睨みつける。オバチャンは背伸びをしてぴったりと真弓の背後に身体を密着させ、頬ずりせんばかり。
 「いやらしいね、先生。ハーフカップじゃないのかい?」
 オバチャンはニカッと笑った。ハーフカップがどうしていやらしいのか、まったくの謎であったが、彼女の手管により、乳肉がそのハーフカップからこぼれでそうになったので、真弓は思い切りオバチャンの足をふんづけてやった。
 「イテテテ。なんだい、ジョークのわからない女だね! 少しは心にゆとりを持ちなさいよ! おー、痛い……」
 真弓は呆れて吹き出しそうになったが、今度は両足を一メートルの間隔に開くよう命じられた。
 「パンツのなかも探ろうっていうの?」
 大女はニタついている。「探ってほしいんだったらそうしてやるわよ」
 ふんと横を向く真弓。
 「パンツじゃないだろ。パンティだろ」
 オバチャンは真弓の丸々としたヒップを平手打ちした。
 「あっ……」
 真弓は足を開いたまま一歩前へ飛んだ。
 「さ、大根足を調べてやるからね!」
 オバチャンはその場にかがみこむとヒールに腱を浮きたたせている真弓の足首を握る。オバチャンの手でも人さし指と親指が向こう側でくっつくほどの細さである。ふくらはぎは緊張しているためか、硬くしまっており、ストッキングを通してでも陶器のようなその感触がわかった。色白の肌をブラウンのストッキングは妙に艶かしく包んでいる。膝のお皿はコリコリとし、小さい。現代人の魅力的な足の代表例といえよう。
 スカートのなかにまで侵入してきたのはほんの一二秒だったので、真弓は足を閉じあわせる間もなく、しっかりと太腿の内側を抓られてしまった。
 もう一度、お尻をピシャリとやられ、身体検査はようやく終了となった。
 スーツの乱れをなおし、頭髪を撫でつけて、道具類を手にする。
 「よーし。いい子にしていたから楽しいところに連れてってあげるよ!」
 飼い犬に説諭するように人さし指を真弓の鼻先につきつけ、額を軽く突き押した。真弓はその手を毅然としてはらいのける。
 「お遊びはこれまでよ! これからは大人の時間。さあ、まともに日本語を喋れる相手のところまで案内なさいな!」
 真弓の威勢のいいたんかにたじろぐ大女とオバチャン。真弓は更衣室のドアを自らあけてさっさと出ていこうとする。彼女の行く手をさえぎるように大道専務が再登場した。
 「お手数かけました」と軽く会釈する。
 「面白い動物を飼っているようね。餌代だけでもけっこうなもんでしょう」
 二人の女に聴こえるように大声で言う真弓だが、大道はほとんど表情を変えなかった。 「なにぶん機密性が命の会社なものでして。──こちらです」
 真弓の前に立ち、のしのしと歩いていく。
 真弓は振り返り、こちらを忌ま忌ましげに見送っている大女とオバチャンにアカンベエをしてみせた。