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でわまが収録作品「パケット軍曹」
WEB版同人誌「浪漫活劇文庫」のために書かれた作品。

今回、新たに増補された部分はなし。挿し絵もつけらていない。

さて「浪漫活劇文庫」とは何か? 当時の宣伝ページが発見された。【こちら】


 本文より.............................................

傍目から見ればのんびりと、二頭の馬は連れ立って歩いているようだった。葦毛と栗毛の立派な軍馬を、つばの広いグレーの帽子をかぶった二人の男がたやすくあやつっている。一人は一兵卒の軍装。もう一人は南軍上官の身なりであった。
 クイーンズビーボロー郡の市街地から西方へ何マイルか離れた地区の小高い丘の峰をレスリー・パケット軍曹は馬をゆっくりと行かせながら、心地よいその蹄の音を噛み締めるように聴いているのだった。この季節には珍しく陽射しが強くて、汗ばむとまではいかないけれど、身体中の血液の流れがぬくぬくと循環するような快適さが彼の機嫌を和ませた。ローレンスの戦いで北軍の守備隊の苦し紛れに放った銃弾が左足の腿を撃ち抜いて以来、日々の気温の高低は重大な関心事となっている。しかしこの気温であれば問題はない。じゅうぶんに職務に集中できる。傷のうずきに耐えながらの女の観察ほど、興醒めなことはない。
「あれですぜ、軍曹」
 指をさしたのは軍曹の腹心の部下、ウーゴ。メキシコ系アメリカ人の指先は丘の下にようやく見えてきた、一軒のこじんまりした家を示していた。こじんまりとしているけれど、造りは頑丈で三角屋根にはちゃんと真っ赤なペンキを塗っている。パケット軍曹は手綱を軽く引き、馬をとめると、家の全貌を眺めた。そして、あごのまわりを半周するように生えている真っ黒な髭を撫でた。
「良い家だな、ウーゴ。悪くない」
「ほう、そうですかい」
 メキシコ人の体質なのか、ウーゴの髭は軍曹のような立派なものではなく、鼻の下に一塊の黒毛があるばかりである。
「注意深く観察しろ。ペンキの塗り方ひとつで住人の人となりがわかるのだから」
 ウーゴは何か言おうとしたが、軍曹の目がわずかに緊張したのを認めて視線を眼下の家へもどした。おりしも家の扉が開き、中から女性が桶を二つ、両手にぶら下げて出てきたのだった。薄いブルーのブラウスと足先まで隠れるスカートをまとった大柄の女性は家の数十メートル先にある井戸まで歩いていく。遠目にもひきつけられるブロンドの髪を頭の上で結んでいる。きびきびと井戸までいくと、ブラウスの袖をたくしあげ細い腕を剥きだしにして、粗末な桶と古びたロープと油の切れた滑車を力強く扱いはじめた。
「よろしい」軍曹は頷き、踵で馬の腹を蹴った。「ウーゴ、くれぐれも下品な応対は慎め。言葉だけじゃない。視線もだ」
「わかってますって、軍曹。ここがカンザスのあの街とは違うってのは、もうわかってまさあ。軍曹の故郷ですからな」
 ウーゴも馬を軍曹の背後に追わせる。二頭はトボトボと丘を下り、赤い屋根の家へ向かっていく。
 まず蹄の音が耳にとまり、それから馬の八本の足が巻きあげる砂塵を目にして、女は接近してくる二人の軍人の姿に気づいたようだった。滑車に通したロープを引き絞り、やっと二つ目の桶を地上まで運びあげ、井戸の縁にそれを置いて、一息ついたところで、彼女は陽射しを片手で遮りながら逆光の中の来訪者の影を数え、正体を思い当たろうとしている。それはこのクイーンズビーボロー郡の住人であればさして難しい作業ではなかった。葦毛の馬に騎乗した南軍の軍服姿となれば、しかも伴の者を連れているとなれば、まちがいようがない。だが、それが知れても、クイーンズビーボロー郡のほとんどの住人が示す驚きと熱狂と歓迎の反応は、この女には現れなかった。淡々とした、むしろ冷淡に近い表情がちらりとその顔に横切っただけである。故郷の英雄を迎える態度にはほど遠かった。パケット軍曹にはそれが敏感に感じとれた。
 女は腕まくりの右腕を桶にかけ、左手を腰に当てて、軍曹を見あげ、ついでウーゴに視線をやった。
「ギャレット夫人。こんにちは」
 軍曹は恭しく帽子をとり、一礼する。軍曹のそれとは比較にならないほどの軽々しさでウーゴも帽子を傾けた。
「これはこれはパケット軍曹、お珍しい。お仕事の途中ですか」
 女の声には張りがあり、若々しいものだったが、多様な人生体験をおさめた人間の持つ知性や感受性も含まれているようであると軍曹は思った。軍警察の事務所の金庫にしまわれている彼女についての記録をひとまず忘れて、軍曹はできるだけ予断を交えずギャレット夫人の年齢を推理してみる。

 本文より.............................................


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